ゲノム解析とは?活用事例・AIと組み合わせたスマートセル事業徹底解説
最終更新日:2024年09月23日
生物の遺伝子情報を解析する「ゲノム解析」についてご存知でしょうか。近年、バイオテクノロジーが産業基盤を支える「バイオエコノミー社会」が世界的に到来すると言われています。日本でも、政府が2030年に世界最先端のバイオエコノミー社会にすることを目標としています。バイオテクノロジーの中核が、ゲノム解析技術です。これからは、ゲノム解析技術の活用や、ゲノム技術とAIやIT技術を融合させることで社会問題を解決する商品・サービスの開発が進んでいくと予想されています。
この記事ではゲノム解析の概要やゲノム解析の事業活用が期待できる分野を紹介します。また、ゲノム解析とAIやIT技術を活用した「スマートセル事業」についても解説していきます。
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目次
ゲノム解析とは?
ゲノム解析とは、生物の遺伝情報(ゲノム)を総合的に解析することです。「ゲノム(genome)」とは”gene(遺伝子)”と”-ome(オーム、ラテン語で全体)”を組み合わせた言葉で、生物のもつ遺伝情報全体を指す言葉です。
遺伝情報とは、DNA(デオキシリボ核酸)に書き込まれた塩基配列です。生物の細胞内にあるDNAには、遺伝子や遺伝子の発現を制御する情報などが記録されています。遺伝子の情報をもとに転写・翻訳されることでタンパク質がつくられ、さらにタンパク質が細胞をつくり生命活動に必要な仕事をしています。つまり、ゲノム解析はDNAの塩基配列を解読し、遺伝子の機能などの情報を総合的に解読していきます。
大企業が続々参入
ゲノム解析は、様々な分野で研究・開発されており、最近ではGoogle等の巨大資本が参入するなど、アメリカのゲノム解析市場は急成長しています。日本政府もゲノム解析技術を中心としたバイオエコノミー社会をつくることを目標に掲げており、すでにYahoo!やDeNAといった民間企業が多数参入しはじめています。
ヒトゲノム計画によってゲノム解析が広まった
ゲノム解析が研究室内での興味深い基礎研究テーマを超えて、大企業が続々参入するまで広まった理由を説明するにはヒトゲノム計画という背景が欠かせません。
ヒトゲノム計画の経緯について以下ポイントを基に説明します。
1. ヒトゲノム計画の始まり
2. 技術革新によるヒトゲノム計画の完成
それぞれのポイントについて説明します。
ヒトゲノム計画の始まり
ここまでゲノム解析が広まった背景には、「ヒトゲノム計画」という国際的な大プロジェクトがありました。このプロジェクトは、1990年に米国のエネルギー省と厚生省によって30億ドルの予算が組まれて発足したもので、ヒト細胞の核内にあるDNAの全塩基配列を解読することが目的でした。
ヒトゲノム計画の発足後、ゲノムの配列解析技術やコンピュータ技術の大幅な進歩により、2000年6月にドラフトゲノム(全体の約90%が解読された状態)が公表され、2003年4月には完成版が公開されました。
技術革新によるヒトゲノム計画の完成
ヒトゲノム計画を成功させるために、DNA解読を自動化して高速読み出しを行うシークエンサー(解析装置)が開発されました。ヒトゲノム計画において塩基配列を決定する方法は、ノーベル化学賞を受賞した英国のフレデリック・サンガー氏が1970年代に編み出したサンガーシークエンス法と呼ばれるものです。しかし、当時のサンガー法は、1000塩基の配列を解読するのに3日もかかりました。ヒトゲノム計画を成功させるには、サンガー法による解読を自動化することが必要と考えられシークエンサー(解析装置)が開発されました。
高速のシークエンサーにより解読速度が飛躍的に向上し、当初15年を予定していた解読計画を13年に短縮できました。ヒトゲノム計画が完了し全塩基配列が解明されたことや、シーケンサー開発が進むことで、迅速に低価格でゲノム解析を行うことができるようになったのです。結果としてゲノム解析の手法を活用した研究開発が一気に広まっています。2021年の日本内科学会雑誌の報告によると、個人のゲノム解析を完了するまで2009年には約100日間のシークエンサー稼働と総計数千万円の試薬が必要でした。しかし、2020年現在はほぼ1日でシークエンスは完了し、コストも5~10万円程度にまで下がっています。将来的には1万円を切る予測もあります。
ゲノム解析に関するビッグデータが手に入るようになったことで、今後多くの民間企業が参入し様々な分野での研究や商品・サービスの開発が予想されています。
ゲノム解析の事業活用が期待される分野4選
ゲノム解析の活用が期待される事業分野を紹介していきます。
ChatGPTなどの生成AIを医療業界で活用する方法、注意点をこちらの記事で詳しく説明していますので併せてご覧ください。
- がんゲノム医療
- 体質や遺伝性の病気のリスク把握と予防
- 農業分野
- 食品分野
- 化粧品分野
それそれの分野について説明します。
がんゲノム医療
ゲノム解析を活用した医療の代表的なものが、がんゲノム医療です。がんゲノム医療は「がん遺伝子パネル検査」という方法で診断します。遺伝子情報に基づくがんの個別化治療の1つで、患者の遺伝子の変化や生まれ持った遺伝子の違い(遺伝子変異)を解析して、がんの性質や病状を明らかにし、それに合わせた治療などを行うことができます。
具体的には、採取されたがんの組織を次世代シークエンサーにかけて、高速かつ大量に解析して遺伝子変異を解析します。遺伝子変異が見つかった場合は、その遺伝子変異に対して効果が期待できる薬の使用を検討していきます。
このように、がん細胞から遺伝子情報を解析することで一人一人に合った治療を受けることができます。現在は、全国にがんゲノム医療中核拠点病院やがんゲノム医療拠点病院を指定されています。どこでもがんゲノム医療が受けられる体制づくりが行われており、研究開発が活発になっています。
製薬・医療業界でのAI開発に強い開発会社をこちらの記事で特集していますので併せてごらんください。
がんゲノム医療にはAIの力が不可欠
がんゲノム医療では、膨大な論文データベースから患者のがんの原因を突き止めるためにAIが活用されています。がんゲノム医療では、がん患者のゲノム情報を取得して、がん細胞に生じた体細胞変異のリストを作り,それらのなかでがんの原因となったゲノム変異をデータベースと照合して突き止めなければなりません。これは「ゲノム情報の臨床翻訳」と呼ばれている作業です。
データベースは3000万本を超える論文で構成され、毎年20万本増加します。患者一人で数千から数十万行にも登る体細胞変異リストの全行に対してデータベースとの照合を行うのは人間では不可能です。AIによる、より効率的なデータベース作成システム、より汎用的なシステムが試行されています。
加えて、ゲノム情報と臨床情報を基にして、特定のがんの術前化学療法の効果を予測するアルゴリズムも開発され、高い診断精度が報告されています。
医療業界での他のAI活用事例についてはこちらの記事で特集していますので併せてごらんください。
体質や遺伝性の病気のリスク把握と予防
ゲノム解析をすることで、体質や遺伝性の病気のリスクを把握し、予防することができます。遺伝子を調べることで、家系的に特定の病気にかかりやすい、体質的にある物質をつくる機能が弱いので特定の病気にかかりやすいといったことを解析可能です。自分がかかりやすい病気を知ることで、生活習慣や食生活を変えることができ、未然に防ぐことができるようになります。
今後、平均寿命が延びていくなかで、健康に過ごすための病気の予防は、需要が高まっていくと予想されます。
農業分野
農作物の育成も、ゲノム解析・編集技術の活用が期待されている分野です。ゲノム解析・編集技術を活用することで、作物がもつ全ての遺伝情報を明らかにし、特定の遺伝子を狙って変異を起こすことができ、目的の性質を持つ品種を効率的に作ることができます。その作物に存在しない特定の遺伝子を組み込む「遺伝子組み換え」と混同しがちですが、ゲノム編集は遺伝子を組みこまずに、切断による変異を促す点が異なります。
特定の遺伝子を切ったりつなげたりする人工のDNA切断システムを利用して、狙った遺伝子だけを正確に編集します。すでにある品種を改良して特定の変異を起こすため、何度も交配や選抜を繰り返したりする従来の品種改良に比べて、短期間で効率的に品種改良をすることができます。
遺伝子組み換えをした作物は「GMO(遺伝子組換え作物)規制」が適用されますが、ゲノム編集は規制の適用外になる場合もあります。実際にアメリカでは、すでにゲノム編集作物が販売されており、食料問題の解決方法としても注目されるなど、今後も研究や議論が広まっていく分野です。
農業でのAI導入について、ゲノム解析以外の導入事例についてはこちらの記事で解説しています。
食品分野
ゲノム解析・編集技術を使って食品の研究開発に取り組むフードテック企業が少しずつ増え始めています。食品の研究でも農業分野と同様に、効率的に改良できます。例えば、食欲を抑制する遺伝子を壊して成長を促すことや、筋肉の発達を抑える遺伝子を壊して可食部を増やすことができます。
実際に、えさ代を抑えながら可食部を増やした魚の開発・販売に成功した事例もあります。今後、世界的な人口増加にる食物に関する多くの社会的課題が出てくる中で、ゲノム解析・編集技術を活用してこれらを解決できることが期待されます。
化粧品分野
化粧品分野では、ゲノム解析データを活用して個人の肌質にあった化粧品・美容方法の提案ができることが期待されています。同年代でもシミができやすい人とできにくい人、肌あれしやすい人としにくい人がいるなど、一般的に、肌質には個人差があると言われています。ゲノム解析の研究により、肌質の個人差には、紫外線などの「環境要因」だけでなく、生まれつきの「遺伝的要因」が関係していることが判明しました。
これにより、個人の遺伝子を解析することで、肌の特徴を正確に予測する技術の開発や、肌質にあった化粧品・美容方法の提案に応用されることが期待されています。さらに詳しく研究が進められれば、様々な肌に関するトラブルの原因を解明できることも期待されます。
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AIとゲノム解析技術を活用したスマートセルインダストリー
ゲノム解析の高速化やゲノム編集技術とロボットとの融合による自動化、AIとの組み合わせによる「スマートセルインダストリー」が進められています。スマートセルとは「ものづくりのために多数の改変を加え、特定の機能を高めた細胞」のことです。新たなエネルギーの開発や、化学合成では生産が難しい化合物の生産への取り組みなどを目的として推進されています。従来にない化学特性を持つバイオベースの医薬品、人工クモ糸でも話題のバイオベースのポリマー、環境に低負荷のバイオベース燃料など多くの分野で研究が進んでいます。
スマートセルインダストリーは、スマートセルを活用して、省エネルギー・低コストに高機能品を生産し、産業化します。特定の有用物質をもつ生物をつくるために、多数の遺伝子を改変することが特徴です。AIを使った「DBTLサイクル」を繰り返していくことでよりよい改変パターンを探り、最適化していきます。その手順は以下の通りです。
1. 有用物質生産のために蓄積したデータを参照して遺伝子を設計する「Design」
2. ゲノム編集、最適化を行い設計した遺伝子をもつ細胞をつくる「Build」
3. 細胞の有用物質生産を評価する「Test」
4. 評価結果のデータを蓄積する「Learn」
サイクルを何度も回すことで、多くのデータが蓄積され、その中からAIがより最適な遺伝子改変のパターンを選択します。AIが多くのデータから学習することでよりよい細胞をもつ生物をつくることができ、高性能な製品・サービスの生産をすることができます。
ゲノム解析についてよくある質問まとめ
- ゲノム解析技術の活用が期待される主な分野は何ですか?
ゲノム解析技術の活用が期待される主な分野は以下の通りです。
- がんゲノム医療:個別化治療の実現
- 体質や遺伝性疾患のリスク把握と予防
- 農業:効率的な品種改良
- 食品:機能性食品の開発
- 化粧品:個人の肌質に合わせた製品開発
- スマートセルインダストリーとは何ですか?
スマートセルインダストリーとは特定の機能を高めた細胞(スマートセル)を活用して、省エネルギーかつ低コストで高機能品を生産し、産業化する取り組みです。
まとめ
すべての生物に遺伝子があり、それを解明するのがゲノム解析です。全塩基配列がわかったことや、シーケンサー開発が進むことで、早く低価格でゲノム解析ができるようになりました。ゲノム解析でわかった情報をもとに、遺伝子を編集して社会問題を解決することができる生物・食物を創り出すことができます。
また、一人一人の遺伝子情報がわかれば、個人に合わせた最適な情報・サービスの提供を行うこともできるようになります。AIを活用して、何度も繰り返し学習していけば、より高性能な商品やサービスを創り出すことも期待できます。
これから世界的にバイオエコノミー社会をつくっていく中で、ゲノム解析は重要になっていきます。今後は、医療や研究機関だけでなく、多くの民間企業も参入することが予想され、競争が激化する可能性があります。本格的にバイオエコノミー社会が到来する前に、ゲノム解析技術を活用した事業を検討してみてはいかがでしょうか。
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