暗黙知とは?形式知化の手法、放置リスク、AIで解決した企業事例を徹底解説
最終更新日:2025年03月05日

長年の経験に裏打ちされた、言葉では表現しきれない「勘」や「コツ」。それらは、熟練者だけが持つ暗黙知として、業務の質を左右する重要な要素です。暗黙知は企業にとって重要な資産であると同時に、特定の従業員に依存した知識でもあり、属人化や技能伝承といったリスクが潜んでいます。
暗黙知の形式知化を目指すにあたって有効なツールがAIです。近年の生成AI技術、特に急激に進歩しているLLM(大規模言語モデル)は暗黙知を言語化することも可能で、ナレッジを社内のだれもが利用できるようなシステムの構築に活用できます。
この記事では、暗黙知の概要からそのままにするリスク、形式知化する方法、AIを活用した事例について解説していきます。AI、特にLLMの活用によって暗黙知を形式知へと転換し、組織全体の生産性向上と持続的な成長を実現するためのヒントが得られるでしょう。
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暗黙知とは?
暗黙知とは、言語化や文章化が難しく、個人の経験や直感、感覚として身についている知識のことを指します。熟練の職人が持つ「手の感覚」や、経験豊富な営業担当者が顧客の微妙な表情から察知する「空気を読む力」などがこれに該当します。
それらの「コツ」や「勘」は競争優位性を生む要因ともなります。しかし、暗黙知は、個々の実践を通じて身につけられるものの、外部へ伝えることが容易ではないという特徴があります。
その「暗黙知」のままでは、知識が個人に閉じた状態になり、共有や再利用が難しくなります。そのため、企業ではこれを体系化し、より多くの人が活用できるようにすることが必要です。
近年は生成AI、特に自然言語解析の発展形であるLLM(大規模言語モデル)の活用によって暗黙知を形式知化し、企業の資産として活用する動きが加速しています。
形式知との違い
暗黙知と対比される概念として「形式知」があります。暗黙知と形式知の違いは、その知識が「言語化できているかどうか」にあります。形式知は、マニュアルや手順書、データベースなどの形で明文化され、誰もが共有・学習できるナレッジを指します。
例えば、熟練した料理人が「これくらいのタイミングで火を止めるとお客様に提供されるころ合いに最高の仕上がりになる」と直感的に判断する技術は、暗黙知にあたります。
しかし、その判断基準を「温度○℃、調理時間○分、配膳に○分」と数値化し、他の人でも同じように再現できるようにした場合、それは形式知となります。
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企業が社内の暗黙知を放置すべきでない理由
暗黙知をそのままにしておくと、知識が個人に依存することで、さまざまなリスクが懸念されます。以下では、暗黙知を放置するリスクについて解説していきます。
継承・伝達が困難
暗黙知は個人の経験や勘に依存しているため、他者へ伝えることが困難です。熟練者の知識や技術が言語化されていなければ、後継者が学ぶ機会を得られず、知識の継承が途絶えてしまうリスクがあります。
例えば、製造業においてベテラン技術者が持つ「最適な加工のタイミング」や、営業職における「顧客の本音を引き出す方法」は、マニュアルでは表現しきれない要素を多く含んでいます。結果として経験を積むことでしか学べない状況が生まれ、業務の習得に長い時間がかかることになるでしょう。
マニュアル化が難しい
個人の経験や直感に基づく暗黙知では、標準的な手順やルールとして文書化することも難しいでしょう。判断基準が数値化しづらい業務や、状況に応じて対応が変わる作業では、マニュアルにナレッジを完全に落とし込むことはできないでしょう。
マニュアルは基本的に静的な情報であるため、状況の変化に対応しにくく、流動的な知識を反映しにくいのがデメリットです。たとえ業務の流れを文書化しても、実際の現場では予測不能なケースが発生するたびに対応が求められるため、完全な形式知として整理することは困難です。
属人化に陥りやすい
暗黙知が放置されてしまうと、特定の社員にしか分からない業務が増えてしまいます。専門知識やノウハウが限られた人のみに蓄積されると、その人物がいなければ業務が回らなくなるリスクが高まります。
長年の経験を積んだベテラン社員が担当している業務では、周囲が詳細な手順を把握しておらず、急な退職や異動が発生した際に対応できないとったケースが少なくありません。
また、属人化した業務は標準化が難しく、新たに担当する人がゼロから学ぶ必要があるため、教育コストや引き継ぎの負担増加にもつながります。こうした課題を解決するためにも、暗黙知を可視化し、組織全体で共有できるシステムを構築することが必要です。
ナレッジが蓄積しにくい
暗黙知は個人の経験や勘に基づく知識であるため、体系的に記録・管理されにくいという課題があります。業務の中で培われた知見が担当者の頭の中に留まるだけでは、組織全体でのナレッジ活用は進まないでしょう。
特に、現場での判断や意思決定が属人的になりやすい業務では、暗黙知が共有されないまま埋もれてしまうことが多いです。
ナレッジが蓄積されない状態が続くと、同じ問題に対して何度も試行錯誤を繰り返すことになり、業務効率の低下を招きます。さらに、従業員が個別に経験を積まなければならず、組織としての成長スピードも鈍化するリスクが潜んでいます。
生産性の低下
暗黙知が個人に依存したままでは、業務の標準化が進まず、組織全体の生産性低下につながります。例えば、熟練者であれば短時間で処理できる業務でも、暗黙知がそのままだと新しく担当する社員が対応できず、試行錯誤を繰り返すことになるでしょう。
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暗黙知を形式知化する手法
属人化や技術伝承といった課題を解決するには、暗黙知を可視化し、活用しやすい形に整理することが必要です。以下では、具体的な手法について解説していきます。
SECIモデルを活用する
SECI(セキ)モデルとは、知識創造のプロセスを以下の4つのステップで構成し、知識を循環させながら組織全体に浸透させるフレームワークです。
- 共同化(Socialization): 暗黙知を他者と共有
- 表出化(Externalization): 暗黙知を形式知に変換
- 連結化(Combination): 形式知同士を統合し、新たな形式知を作り出す
- 内面化(Internalization): 形式知を実践を通じて再び暗黙知として体得
経営学者である野中郁次郎氏が提唱した知識創造のフレームワークで、暗黙知と形式知を組織内で循環させることで新たな知識を創出するプロセスです。
最初の共同化では、暗黙知を持つ個人同士が対話や実地研修を通じて経験を共有します。熟練者と新人が現場で一緒に作業することで、暗黙知を感覚的に伝えることが可能です。
メンタリング制度やOJTの活用は、暗黙知の共有にも活用できる手法です。また、社内SNSを導入し、従業員が質問や意見交換を行える環境も、暗黙知の形式知化を促進するのに効果的です。
次の表出化の段階では、経験や感覚を言語化・図式化し、マニュアルや動画などの形で可視化します。
連結化のプロセスでは、異なる知識を統合し、新たな形式知を作成します。
最後に内面化によって、形式知を個々の実践を通じて再び暗黙知として習得し、業務の効率化やスキル向上につなげます。
個人の経験に依存していた知識を組織全体に広げ、持続的なナレッジマネジメントを実現できる手法として、SECIモデルは有効です。
ナレッジリーダーを設置する
暗黙知を組織内で効果的に共有するには、ナレッジリーダーを設置することが有効です。ナレッジリーダーとは、特定の分野や業務に精通した社員が中心となり、暗黙知の可視化や継承を推進する役割を果たします。
ナレッジリーダーを担う社員は、単に知識を持っているだけでなく、他の社員との対話を通じて、経験やノウハウを分かりやすい形で伝えるスキルが求められます。こうした社員が中心となることで、熟練者が若手社員に対して、実務を通じて指導しながら経験を伝えることができます。
AI、特にLLMを活用する
暗黙知を形式知化する上で、AIの活用は非常に有効です。人間の経験や直感に依存していた知識を言語化・データ化することは困難でしたが、AI技術の進化により、暗黙知の抽出や共有が可能になりつつあります。
特に、LLM(大規模言語モデル)は自然言語処理(NLP)を通じて、熟練者の経験や直感に基づく暗黙知を文章やデータとして抽出する能力を持っています。例えば、過去の業務記録や会話データからパターンを見つけ出し、それを整理・分類することで、属人的な知識を共有可能な形式に変換します。
熟練技術者のインタビューを録音し、それをLLMを用いて分析することで、これまで暗黙知であった情報をデータ化する、といったことも可能です。
また、LLMは既存のデータだけでなく、新たな洞察や補完的な情報を生成する能力も備えています。これにより、暗黙知の不足部分を埋めることが可能です。
他にも、熟練者の業務プロセスをAIが記録・分析し、パターン化することで、言葉では説明しづらいノウハウをデータとして蓄積できます。これによって、社員ごとの経験に関係なく、業務水準を維持することが可能です。
AIによる暗黙知の形式知化は、属人化を解消し、熟練者の技能や経験を会社全体で共有させるのに役立ちます。
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暗黙知の課題をAIで解決した事例5選
暗黙知をAIで活用する取り組みは、さまざまな業界で進んでいます。実際にAIを活用して暗黙知を形式知化した事例として、以下が挙げられます。
【NEC】行動模倣学習技術を活用した暗黙知の形式知化
日本電気株式会社(NEC)では、ロボティクスの分野で扱われる「模倣学習」に注目し、熟練者の暗黙知をAIで形式知化する「行動模倣学習技術」を開発しました。この技術では、以下の3つのAIを活用し、シュミレーターを使って学習させます。
- 成功事例を模倣するAI
- 成功事例を見分けるAI
- 失敗事例を見分けるAI
これにより、熟練者の行動パターンを連続的なデータとして捉え、数値やテキストデータを活用して学習を進めます。行動模倣学習技術にはカメラや映像データを必要とせず、既存のデータを活用するだけで導入・学習が可能です。
医療現場やプラント運営など、熟練者の知識をAIに学習させ、過去データと照合して最適な施策を提案します。医療分野では、リハビリテーション計画策定支援の実証実験で、計画作成の正当性が46%向上する成果が得られたそうです。
【ライオン】熟練者が持つ暗黙知を「勘所集」として文書化
ライオン株式会社は、衣料用粉末洗剤の製造プロセス開発において熟練技術者の暗黙知を抽出し、「勘所集」として文書化する取り組みを開始しました。株式会社NTTデータと協力し、熟練者の言語化されていない技術やノウハウが活用されています。
熟練者へのインタビューや社員間ワークショップを通じて、技術やノウハウを「勘所集」として文書化しました。成功事例だけでなく失敗事例も含めた情報を収集しています。
収集したノウハウは生成AIを活用して文書化され、検索サービス「知識伝承AIシステム」に組み込まれます。例えば、原料の性状などを考慮した製造条件設定のコツが伝承可能になっています。
これにより、新たに製造プロセス開発を担当するメンバーが、熟練者の知識や技術を容易に検索・活用でき、効率的な業務遂行が可能となります。
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【AGC】属人化されたガラス製造技術情報の参照
AGC株式会社は、株式会社FRONTEOと共同でAIナレッジシェアシステム「匠KIBIT」を開発し、ガラス製造における熟練技術者の暗黙知を組織全体で共有することを目指しています。FRONTEOが開発した自然言語解析AIエンジン「KIBIT」がベースとなっています。
ガラス製造は溶解・成形・加工など高度な技術を必要とし、熟練技術者のノウハウが競争優位性の鍵となります。しかし、熟練者から若手への技能伝承や各工場間でのノウハウ共有が課題でした。
活用熟練者の知見をAIが学習することで、技術情報の属人化を解消することが可能です。
ユーザーの質問に対してAIが関連する情報を提示し、必要に応じて熟練者に回答を依頼することもできます。これにより熟練者のノウハウがデータベース化され、技術情報を従業員が参照しやすくなりました。
月間300件以上の利用実績があり、技能共有と伝承に着実な成果を上げています。
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【アサヒビール】技術文書の検索・要約が可能
アサヒビール株式会社では、生成AIを活用した社内情報検索システムを導入し、技術文書の効率的な検索と要約を実現しました。アサヒグループ内に点在する膨大な技術情報や資料を集約・整理し、効率的に検索・活用可能にするのが目的です。
株式会社丹青社が開発したシステム「saguroot」が基盤のシステムは、Azure OpenAI Serviceと連携しており、社内に蓄積された資料やデータを一括で検索でき、検索結果には約100文字の要約が表示されます。PDF、PowerPoint、Wordなど多様な形式の資料データを対象に、ファイル名だけでなく内容(文章や画像)も複合的に検索可能です。
Azureプラットフォームを利用しているので、企業ユースとしても安全な環境で情報管理可能です。
関連記事:「Azure OpenAI Serviceとは?使えるモデルは?APIやRAGでChatGPTをセキュア活用・カスタマイズする方法」
【清水建設】RAGによる建設技術のデジタル化
清水建設株式会社では、RAG(Retrieval Augmented Generation)技術を導入し、社内に蓄積された技術文書やナレッジをデジタル化・活用できるシステムを構築しています。この検索システムは、作業現場の業務や技術伝承の効率化が期待できるツールとして注目されています。
熟練技術者の経験や知識に依存していた情報をAIが検索・生成することで、若手技術者や新入社員でも必要な情報にアクセスできるようになりました。現場ごとにカスタマイズされたAIアシスタントが構築され、施工手順や注意点を即座に提供します。これにより、技術の属人化を防ぎ、組織全体での知識共有と技術継承が促進されています。
正答率は35%から93%まで向上し、高い検索精度を実現しています。技術基準や施工手順の確認時間が従来の30分以上から数分に短縮されたと評価されています。
暗黙知についてよくある質問まとめ
- 暗黙知とは?
暗黙知とは、個人の経験や直感、感覚として蓄積され、言葉や文章で明確に表現することが難しい知識を指します。例えば、熟練した職人が持つ「手の感覚」や、経験豊富な営業担当者が顧客のわずかな表情から意図を読み取る「洞察力」などが該当します。
- 暗黙知をそのままにしておくのはよくない?
暗黙知をそのままにすると、以下のようなリスクが生じます。
- 継承・伝達が困難
- マニュアル化が難しい
- 属人化に陥りやすい
- ナレッジが蓄積しにくい
- 生産性の低下
- 暗黙知の形式知化にAIは有効ですか?
AIの活用は、暗黙知の抽出や共有を可能にします。熟練者の業務プロセスをAIが記録・分析し、パターン化することで、言葉では表現しにくいノウハウをデータとして蓄積できます。
まとめ
暗黙知はそのまま放置すると、継承の困難さや業務の属人化、生産性の低下といったリスクを招きます。こうした課題を解決するためには、形式知として組織全体で共有・活用する仕組みが必要です。
そこで注目されているのが、AI技術の導入です。AIが熟練技能者の暗黙知を形式知に変換することで、暗黙知のリスクを解消することができます。企業が競争力を維持・向上させるためには、AIを活用した暗黙知の形式知化が不可欠です。
しかし、AI導入はあくまで手段であり、目的は組織全体の知識レベル向上と業務効率化です。AI活用の際には、自社の課題や目的に最適な技術選定と運用体制の構築が重要となります。より詳細な知見や具体的な導入プロセスについては、専門家のサポートが必要となる場合もあるでしょう。
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